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離婚したくてもできない!そんなあなたが取るべき行動とは?(離婚経験者の発信)

結婚生活において、忍耐は必須です。 なぜなら、性格も育った環境も年齢も違う他人同士が、一緒に生活をしていくのですから。 良い面しか見えていなかった、ラブラブな恋愛時代のままずっと過ごすのは、まず無理と言ってもいいでしょう。 ですから多少の価値観の違いや性格の不一致は、お互いが我慢し譲り合わなければ、婚姻関係を継続できません。 しかし日々の暮らしの中で、どうしても婚姻関係を継続しがたい理由が生じ、離婚したいと強く思うこともあると思います。 今や、結婚したカップルの3組に1組が離婚すると言われている時代。 かつての「結婚とは生涯の愛を誓うもの」という認識が薄れ、非常に離婚しやすい時代だと言えます。 それなのに世の中には「どうしても離婚したい理由があっても、どうしても離婚できない人」が多くいるのです。 それは一体なぜなのでしょうか。そして、その問題をどのように乗り越えればいいのでしょうか。 今回は離婚したくてもできない理由と、その場合どのように行動を起こすべきなのか、についてお話します。 離婚できない理由1.相手に離婚原因があるが、離婚に応じてくれない 結婚と同様、離婚も双方が同意しなければ成立しません。 ですから、いくら相手が浮気や借金を繰り返していても、話し合いで離婚に応じてくれないことには、前へ進めません。 また、これは筆者も経験があるのですが、離婚したい理由が相手によるDVの場合。 離婚話を持ち出すだけで、暴力がエスカレートする可能性があるため、なかなか言い出せません。 …その場合、離婚に事を進めるには、裁判をすることになります。 しかし、それには長い時間と費用がかかるため、その労力と精神的負担を考えると、行動に移しづらいのです。 離婚に応じてくれなくて離婚できないあなたが取るべき行動 まず、すぐに裁判に動き出すには負担が大きいため、パートなどをして費用を捻出し、離婚時期を見計らいましょう。 その期間にやるべきことを進めておきます。 1.証拠集めをする 離婚理由が不倫・DV・モラハラなどの場合、裁判を有利に進めるためにも、調停員や裁判官が納得するような証拠(写真・日記・会話の録音など)が必要ですので、集めたり記録したりしておきましょう。 2.家庭内別居、もしくは別居を試みる 離婚に応じない相手の多くは、まだ自分に気持ちがあり、修復可能だと信じています。 ですから、必要最低限のこと以外の家事はしない、自分から話しかけないといった風にもう修復不可能だと、相手へしっかりアピールしましょう。 もし実家に頼れるのであれば、金銭的にも負担がありませんし、実家に帰って別居をしましょう。特にDVの場合は家庭内別居が通用しないので、別居をおススメします。 3.ある程度証拠が集まったら、調停を起こしてみる 実は、調停は弁護士を雇わなければ、費用は数千円で済みます。 また、家庭裁判所に足を運ぶ頻度も1~1、5ヶ月毎に1度ですので、時間の調整も難しくないかと思います。 【関連記事】 実録!DV夫との調停離婚の費用はたったの6000円だった 離婚裁判は離婚調停が終わっていることが条件の一つですので、離婚へ前進するためにも、ある程度証拠が集まったら、調停を起こしてみましょう。 もちろん、裁判までいかずに調停で離婚が決まる可能性も大いにあります。 離婚できない理由2.自分に離婚原因があり、パートナーが離婚に反対している 夫婦関係が破綻した理由が自分にある場合、相手が離婚を望まない限り、裁判所は基本的に離婚を認めません。 なぜなら例えば浮気など、自分が相手に精神的苦痛を与えた立場であるにも関わらず、さらに離婚を請求することによって、相手をもっと傷つけてしまうことが社会正義に反すると考えられるからです。 このように、離婚原因を作った側の配偶者は、「有責配偶者」と呼ばれています。 自分に離婚原因があって離婚したいあなたが取るべき行動
 上記で、裁判所は基本的に有責配偶者からの離婚請求を認めないと書きましたが、例外的に認められる場合があります。 1.長期間別居をする 長期間、共同生活をしていない夫婦の場合、事実上婚姻関係が成り立っていないことを考慮し、有責配偶者からの離婚請求でも、認められる場合があります。 ただし、別居期間は7~8年が目安とされているため、長期戦になる覚悟はしてください。 2.子供が成人するまで待つ 夫婦の間に子供がいる場合、子供が未成年でいる間は、有責配偶者からの離婚請求が通りません。 場合によっては子供が18歳になった時点で認められたケースもあるようですが、やはり子供が小さいうちは離婚に至るまでに長い期間を要することになるでしょう。 3.離婚によって相手が経済的・精神的に困窮しないようにする 自分が女性の場合、離婚によって夫が経済的に困窮する可能性は低いでしょう。 しかし別居により精神的苦痛を与え、うつなどの症状を引き起こし、夫が働けなくなってしまう可能性もあります。 ですから夫婦できちんと話し合い、子供との面会頻度や慰謝料など、お互い納得できる取り決めを行った上で別居に行動を移してください。 理由3.経済的不安から離婚できない 主婦である女性が、どんなに離婚したくても離婚に踏み切れない一番の理由がこれではないでしょうか。 パートや専業主婦の期間が長い方は、離婚後フルタイムで働ける職場を見つけるのも、新しい住居を借り生活していくのも、簡単とは言えません。 それなのに子供のいる家庭は、子供の年齢と共に養育費がどんどん増えていくため、収入面に安心できる要素がないと、離婚できないのです。 経済的不安から離婚できないあなたが取るべき行動 まず行いたいのは、離婚へ向けて少しでも多く貯金をすること。 パートを増やすなど働ける環境の方は良いですが、中には相手にパートに出ることを禁止されている方も…。 そういった方は節約をし、自由に使えるお金をなるべく多く貯めましょう。 また離婚後の就職を、できるだけ有利に進めるために、資格取得を目指すのも良いと思います。 この「出来る限り貯金をすること」を大前提とし、合わせて他にもこのような収入源が見込めるかどうかを確認しましょう。
 1.プラスの財産はあるか 夫婦が婚姻後に共に築いた財産は、離婚時に半分もらえる権利(財産分与)があります。 この財産分与について、どのくらい見込めそうなのか、相手名義の証券や預貯金をあらかじめ把握しておきましょう。 2.慰謝料・養育費はもらえるか 有責配偶者が相手の場合、相手に慰謝料を請求することができます。 その相場は離婚理由にもよりますが、数十万~数百万円ととても幅広いです。 また親権が自分にある場合は、相手から養育費を受け取る事ができます。 離婚時に、自分がどの程度相手からお金を受け取る事ができるのか、家庭裁判所が作成している算定表をもとにおおよその金額を把握しましょう。 ただし相手に金銭的な余裕がなければ、いくら請求しても支払い能力がないので払えません。 算出額はあくまで目安として、あてにしすぎないようにしましょう。 3.母子家庭が受けられる支援を調べておく 実は、日本には母子家庭が受けられる支援制度や手当が数多くあります。 また、国からだけでなく各市町村が行っている制度も多いので、各地域によってその内容にはバラつきがあり、しかも自分から申請しなければそのほとんどが受けられません。 ですから子供がいて親権を取りたい場合、離婚後住むことを検討している地域では母子家庭にどんな支援や手当があるのか、事前に調べておくと離婚後の生活の見通しが立ちやすいでしょう。 【関連記事】 経験したから分かる!シングルマザーが貧困になる理由&知って得する支援制度14個 理由その4.子供が可哀想。また世間体が気になってしまい離婚できない 子供がいる家庭で離婚を考える際、このことも頭を占める割合が大きいと思います。 離婚することで子供から父親を取り上げてしまうことが可哀想。 環境が大きく変わってしまうことで、周りの目や噂が気になり、子供に悪影響を与えてしまうのではないか。 このように考えれば考えるほど、どんなに離婚したくても躊躇してしまうのです。 子供が可哀想で離婚できないあなたが取るべき行動 さて、この場合にあなたが取るべき行動は、自分自身の気持ちともう一度向き合うことです。 世間体が気になるのは、本当に子供のためですか? 自分に離婚する勇気がないことを、子供や世間体を理由にしているだけではありませんか? なぜなら子供は、大人よりも非常に高い順応力と、状況を理解できる心を持っています。
 それに冒頭でお伝えしたように、夫婦の3分の1が離婚するこの時代、学校では1クラスに平均2、3名の子供が母子家庭または父子家庭で暮らしています。 今さら母子家庭をそこまで偏見の目で見る人は少ないと言えるでしょう。 ですから無理をして離婚を回避し、両親の不穏な空気の中を子供と暮らし続けていく方が、よっぽど子供を不安にさせ、悪影響を与えてしまうのではないでしょうか。 …今一度、自分がどうしても離婚したい理由と、どうしても離婚できない理由について考えてみましょう。 終わりに… いかがでしたでしょうか。 現在離婚をしたくても、どうしてもできないでいる方の中には少々耳が痛い話もあったかもしれませんが、それほど離婚への覚悟は強いものでなくてはなりません。 一度築いてきた家庭を崩す選択をするということは、家庭を一から作ることよりも難しく、誰の心も痛めない離婚はないからです。 私も離婚経験者ですが、やはりまだ自分の中で離婚への決意が揺らいでいるであろう時期には、やはり子供のことや、金銭面を理由に踏み出せないでいました。 しかし本当に覚悟を決めたら、不思議なほど一直線に離婚に進めたのです。 ですから本当に離婚したいのであれば、どうしても離婚ができない=諦める のではなく、各章の「取るべき行動」に挙げたことでもいいですし、誰かに相談することでもいいでしょう。 とにかく今の自分にできるほんの小さなことからで良いので、まず何か離婚へ向けて行動に起こすことを始めてみてはいかがでしょうか? 結婚生活を続けたい時には忍耐が必要ですが、どうしても離婚したい気持ちに忍耐は必要ないと私は思います。

私が別居中の恋愛で辛いと感じた7つの事

あなたはいまどんな方とお付き合いをしていますか? このお話は、私が元夫との別居中に体験した恋愛を通して「この恋、やめた方がいいよね?」と思いつつも貫き通したお話しです。 恋愛には楽しいこと、辛いことたくさんあると思います。 その中でも、「常識では許されない恋」をしている人はジレンマを感じながら恋愛に向き合っているのではないでしょうか? 別居中の恋愛が辛い…そんな風に思ってるあなたに読んで欲しいです。 

好きでもない人と結婚したのが間違い? 私が最初の結婚をしたのは25歳の時。 周りの友人がどんどん結婚していき、当時付き合っていた彼とも別れたばかりの私は正直焦っていました。 そんな時に出会った元夫。5歳上で、私が今まで付き合った人とは違う「私をとても大事にしてくれる人」でした。その時はそう見えたのでした。 でもお付き合いしてすぐプロポーズされ、結婚まで約一年。その間に「おかしいな?」と思う事は度々ありました。 それでも結婚したのは「婚約破棄した女」と思われたくなかったというちっぽけなプライドでした。そんな元夫はとの生活は続くはずもなく。。。 結婚して二年経った頃、義両親との同居がきっかけで、私は義両親と大喧嘩をして実家へ帰りました。 マザコンの元夫は、私より実の両親との生活を選んだのです。そこから私は、本来してはいけない恋愛をしてしまいました。 

彼との出会いは別居してから
 彼との出会いは、別居中に共通の友人から誘われた食事会でした。実家へ帰った私を心配した友人が食事をしようと言ってくれたのです。 男女合わせて6人ほどの食事会でした。 友人が連れてきた彼は私より7歳下で21歳。すごく大人しくてほとんど会話もしなかった彼を見て「無理やり連れて来られたんだろうな。可哀そう」としか思っていませんでした。 けれど、そこで終わる事はありませんでした。また共通の友人と彼と三人で飲みに行く話が出ました。 友人も一緒ならまぁいいか。と軽く考えていたので特別意識もしませんでしたが、飲み会の最中、以前とは全く違う饒舌な彼を見てびっくりしたのです。 そして携帯番号を聞かれてもなんの抵抗もなく教えている私がいました。その数日後から、彼から連絡が来るようになりました。 最初は全く気にも留めなかった彼なのですが、2人で話をしていると、すごく楽しくて。何時間もお互いの話をしていました。 いつしか、電話がくるのが楽しみで仕方ありませんでした。そんな時、彼に「二人でどこかに遊びにいかない?」と誘われました。 突然のお誘いに、ビックリしたと同時にすごく嬉しくドキドキした私が居たのです。 返事は「OK」でもその直後に「別居中だしこれ、まずいんじゃないの???」そんな不安も襲ってきました。
 
別居中のデートは制限だらけ 

彼と二人で会うのはいつも夜でした。そして、地元をさけて知人とあまり会わないであろう場所ばかりを選んでいました。 彼は運転することが好きで、ドライブがてら遠くに行くのはむしろ大歓迎という人だったので、そこは怪しまれることはありませんでした。 でも私の車を運転したいと言い出したり、昼間に会いたいと言われることが私にとっては一番つらかったです。 ウソを並べてなんとかなだめていましたがいつも取り繕う私の姿は不自然だったかもしれません。 とにかく、人目を避けるために必死でした。 なので、遠く離れた場所まで行ってホテルで過ごすのが私にとって一番落ち着く場所になりました。 別居中の恋は制限が多いだけに辛いことも多いです。これから辛いと感じたことを6つご紹介します。 

辛かったこと① 嘘をついてばかりの恋愛
 楽しいはずのデートはウソだらけ。 彼「〇〇へ行こうか?」 私「今日はそこじゃなくてあそこがいいな~」 彼「今度の日曜日は〇〇へ行こうよ」 私「その日は予定があって。ごめんね」 彼「ごはん食べに行こうよ。」 私「今日はコンビニのお弁当がいいな」 そんなやり取りばかり。本当は会いたいのに。 昼間も堂々と地元でデートしたりご飯を食べたりしたいのに。 いつまでもウソをついている自分が嫌になってきました。 彼は純粋に気持ちをぶつけて来てくれるのに私は騙している気分になることもありました。 実際既婚者なのに独身と思わせていましたので騙していましたね。 でもこの時の私は気持ちが止められなくなっていました。 
辛かったこと② 名前さえも偽る日々 彼に対してついていたウソのなかに名前を偽っていたこともありました。当時まだ元夫の姓を名乗っていた私。 彼と初めて会った時、私はとっさに旧姓を名乗っていました。 もうあの名字を使いたくもなかったし、離婚したあとのことを瞬時に考えて、旧姓を名乗ったのです。 でもそのツケが回ってくる事件がありました。 私の車の調子が悪くなり、急きょ彼の叔父さまの経営する修理工場へ行く事になりました。 そこで車検証を見せて欲しいと言われ、彼が私の車のダッシュボードから出そうとしたところでハッと気づいたんです。 そう、車検証は夫の姓のまま記載されているのです。 「まずい!!」私はなにかを確認するふりをしながら彼の手を制止して直接叔父さまに渡しました。 叔父さまに名前を言われたらどうしよう???と軽くパニックになっていましたが 叔父さんは私の名前を読み上げることなく、修理は済みました。

あとから彼に聞いた話ですが、実はこの時、彼が怪しんでいたようです。 
 
辛かったこと③ 浮気調査されているかもという不安
 彼とのお付き合いは順調でした。 でもその裏でいつも心配だったのは「夫が探偵を頼んでいるのではないか?」という疑念でした。 「いや、そこまでするはずがない」という根拠のない自信は最初だけ。付き合いが深くなるほど、その心配は常にありました。 どんなに遠くに行っても実は後ろからずっとつけられているんじゃないか?写真を撮られているのでは…そんな不安と恐怖はいつもつきまといました。 時々キョロキョロしたり、バックミラーから後続車の様子を伺ったり、待ち合わせの場所に行くときは、わざとグルグル回って遠回りしてみたり。。。。 彼の車の助手席に座る時は必ずシートを深く倒してなるべく顔が見えないようにしたり。 私の車を使う時は、彼がどうしても運転したがるのでとにかく私は助手席で顔を隠すのに必死でした。 とにかく知り合いに会いませんように!!と願っていました。 彼を思えば思うほど、こんなことしたくない。堂々と会いたい。夫と早く決着を着けたい。 そんな気持ちになりました。 夫とは10か月の別居中、何度も二人で話し合いました。でも平行線で決着がつかず二人ともイライラしていました。 だからこそ、彼に会いたい気持ちが強くなったのもあるんだと思います。 

辛かったこと④ 彼を巻き込んでいる罪悪感 別居中で、復縁する意思はない者同士とはいえ、私は戸籍上既婚者。こんな関係が許されるはずもありません。 それは十分わかっていながらも、彼を巻き込んでしまっている罪悪感にかられました。 もしこの関係がバレたら。。。。 彼も慰謝料を請求されてしまうかもしれない。 そんなことをさせたくない。 今別れれば、彼になんの影響も及ぼさないだろう。 だったら、いま別れよう。 こんなことを真剣に考えました。彼のことを傷つけたくないその一心で。 自分勝手な考え方だと思います。でも好きって気持ちはどうしても止められなかったんです。 出した結論は「彼は私を独身だと思って付き合っている。私が騙した」ことにしておこうと。 ほんと、虫が良すぎる話ですね。でもそう決めたんです。法律に詳しくないのでそれが理論として通るのかは定かではありませんがそう決めたんです。
 
辛かったこと⑤ 調停離婚に向けての話し合い
 別居が半年以上たった頃、実家に私宛の封書が届きました。裁判所からの通知でした。 夫が申立人となり、離婚に向けての調停が開始されることになったと書いてありました。 裁判所からの呼び出し。私は被告人のような気持ちになりました。 いつまでたっても平行線のお互いの罵り合いを続けるよりは第三者に入って頂いたほうが楽だと、相談した弁護士さんにも言われていたのでなにかほっとしたような気持にもなりました。 調停というものが、どういうものなのかもわからずもしかしたら裁判になるのかも?という不安もありながら私は恐怖で眠れませんでした。 きっと裁判になったら色々調べられるんだろう。。。 裁判になったら絶対バレる。 やっぱり会わないほうがいいかもしれない。 そう思って、私はまたウソをつき、会う回数を減らしました。 学生だった彼はバイトもしていましたし私も仕事が忙しかった時期だったので会う回数が減ったとしても不審には思われませんでした。 でもやっぱり会いたいものは会いたい。夜待ち合せして車の中でご飯を食べたりしていました。 
 

辛かったこと⑥ 先の見えない不安

調停が始まってからも夫との罵り合いが続きました。 でも良かったことはそれぞれ個室に通されたことと、調停委員さんがいてくれたおかげで冷静に話しを進めることが出来たことです。 夫に一度も会うことなく調停は進んでいきます。でもすぐに決着をすることは出来ませんでした。 話し合いが終わり、裁判所を出る時。「いつになったら終わるんだろう」と絶望感もありました。 いっそ、慰謝料を払ったら楽になれるんだろうか? それは周囲に反対されました。私だって払いたくない。でも終わらせるには慰謝料払えば楽になれるかもしれない。 先の見えない不安に押しつぶされそうでした。




 辛かったこと⑦ 離婚はエネルギーが必要 離婚するにはエネルギーがいる。よく聞く言葉です。実際、本当にエネルギーが要ります。 私だけでなく、両親にも相当のストレスをかけてしまい母は倒れてしまいました。 私は彼が居てくれたおかげでストレスがあっても頑張れたのですが両親の方が悩んでいたんだと思い、本当に申し訳なかったと思っています。 私の場合はお互いにもう愛情もなかったですし、夫から「憎い」と言われていましたので、離婚に向けてのベクトルは一緒だったせいか調停に入ってからは「どうしたらお互いが納得して離婚できるか?」というところが焦点になっていました。 だったらもう協議離婚でもなんでもいいから済ませちゃえばいいのに。。。。どれだけお金欲しいんだこの人は??? 内心そう思いながらも調停に行っていました。

ちなみに慰謝料を請求されたのは私の不貞行為が発覚したのではなく、精神的苦痛の面からでした。 

調停3回目に急展開が!!
 調停は相変わらずお互いを罵り合う場でした。 調停委員さんはなるべく裁判まで持ち込まないようにお互いの気持ちや現状を第三者の目で見てアドバイスしてくれました。 「どうしても離婚したいという思いが一緒なら条件面で折り合いをつけていきませんか?」 という方向で進めてくださっていました。私はいつしか調停委員さんの言うとおりにしていました。
 そして三回目の調停に臨んだ時のこと。いきなり夫から妥協案が提案されたのです。 私は嬉しくて嬉しくてその要求を呑みました。結局は財産分与の件で私が余剰分を払うという形で成立となったのです。 まだまだ続くだろうと思っていた調停が、ついに成立したのです! 成立した旨の書類が出来上がった時、私はなんとも言えない気持ちになりました。今でもその光景は覚えています。 数日後、夫と離婚届けを提出し、握手して別れました。その時の爽快感と達成感と言ったら!! その時の事も一生忘れる事はないでしょう。そして一番に会いたいと思ったのは彼でした。 
離婚成立。彼に全てを告白した 

離婚届が受理されたと言っても、これで堂々とお付き合い出来る!と言うのは時期尚早というのはわかっていました。 なので、しばらくはいつも通り夜だけ会っていました。いよいよ彼に全てを話そうと決心したのです。 私「話したいことがあるから今度いつ会える?」 そんなメールに彼は「別れ」を切り出されるのかもと思っていたと後日話してくれました。 一台しか停められない、秘密の夜景スポットに彼を連れて行きました。 そこで私は今まで突き通してきたうその数々を話し、既婚者だったこと、別居中だったのに隠してお付き合いしていたこと。 名前も旧姓を名乗っていたこと。 すべて話しました。 「騙してたのか、じゃあ別れよう」って言われても仕方のないことをしていたので内心どんな返事が来るかドキドキしていました。 でももう離婚も成立し、これからはうそのないお付き合いを真剣にしていきたいと伝えました。 彼は受け容れてくれました。 彼が唯一質問してきたのは「子供はいるの?」でした。「子どもがいるならちょっと考えちゃったかもしれないけど」と、正直に話してくれました。 「でも話してくれてありがとう」と最後は言ってくれました。そこから8年、私たちはお付き合いをしていました。 周りから「結婚するんでしょ?」と言われるくらい私たちは仲良しでしたし、私も彼と結婚すると思っていました。 
8年後・・・別れのとき

 別れは彼から切り出されました。 お付き合いしている8年間、何度も言われていた 「会いたい時に会いたいって言って欲しい」 私はそれを直すことができませんでした。 別居中の恋愛の仕方が板についてしまったのか、私は自分から会いたいと言えなくなってしまいました。 そして、彼が私を愛してくれているという奢りから私はいつも彼の連絡を待つ女になったのです。 そんな傲慢になった私に愛想を尽かしたのか、ある日から彼は一ヶ月ほど連絡をくれませんでした。 私はというと「忙しいんだろうな」と勝手に決めつけ、自分から連絡をしなかったのです。 今思えば、なんで連絡しなかったんだろう。週末が近くなると、会いたくてたまらなかったのに。平日の夜、少しでも会えればすごく嬉しかったのに。 自分のプライドが邪魔をしていただけなのに。。。。 結局彼は私に会うと決心が揺らぐからと、メールでお別れしました。何度も「会って話したい」とメールしても返事は変わりませんでした。 その夜、自分のふがいなさに泣く事しか出来ませんでした。 翌日も泣きはらした目で仕事に行き、仕事中も自然と涙が出てしまいとても辛かったです。 
あれから20年ほど経ちました。…
 別居中に辛いと感じたことを7つほどまとめてみました。 あんなに好きでずっと一緒に居たいと思っていた彼と別れ、現在はその後出会った夫と二人の息子、愛犬に囲まれて幸せに暮らしています。 夫とはなんでもオープンに話せる仲なので、元彼のことも知っています。 過去は過去とお互いわかっていますし、信頼もしています。

不貞行為という法律に反したことをしていたあの時期は、元夫にばれたら・・・という不安がいつも付きまとっていました。 でも、辛さや不安よりも、彼に会いたい気持ちは抑えられなかったのです。 
世の中には私のように、日の当たる場所で堂々と好きな人に会えない恋愛をしている人も多いと思います。 私も実際してきたことなので、他人の恋愛に対して肯定もしませんし、否定もしません。
この先離婚成立となり、再婚。というゴールには行きつかないかもしれません。 再婚ではなく、今の関係をずっと続けられたらそれでいい。それでもいいのであれば、どんな形でもいいと思います。 私のように彼とは別れたけれど、違う人と再婚。というケースもあり、さまざまです。 別居中の恋愛は楽しいこともあるけれど、制限があるために辛く感じることは沢山ありました。 でもそれでも続けていきたい相手なのか?日の当たる場所で堂々とお付き合い出来る日まで我慢したほうがいいのか? 私は続けることを選択しましたが、それを決めるのはあなたです。 いけないことをしているのはわかっているけれどやめられない。そんなあなたへ。 このお話が、あなたにとって一つでも参考になれば嬉しいです。





DV夫とのスムーズに離婚する為にやるべき準備4つ(7年間のDV被害から離婚した女性の発信)

今や3組に1組の夫婦が離婚しているこの時代。 数ある離婚の理由の中でも、DVによる離婚は厄介です。 何故なら、感情を自分でコントロールすることができず、いつでも自分の行いを正当化するので冷静な話し合いができる相手ではないからです。 それに、逆上してさらなる暴力を奮われる危険があるので、話し合いには第3者を同席させる必要があります。 そうなると協議離婚は難しく、調停や裁判になる可能性もあると考えるべきでしょう。 私は、付き合っていた時から数えて7年間のDV夫との生活から逃げ出し、離婚しました。 別居が突発的だったこともあり、離婚に至るまでは行き当たりばったりなことも多く、色々と苦労がありました。 ですが、今なら事前に何をしてどのように動けば、もっとスムーズに事が進んだのか分かる気がします。 ですので今回はこれから離婚を考えている方へ、私の経験を踏まえてどのような準備をすべきなのかについてお話します。 離婚準備1、DVの証拠を日頃から集めておく
 調停や裁判を想定した場合、まず重要になってくるのがDV被害の証拠集めです。 【DV被害の証拠集めの例】 ・暴力を奮われた際のケガや破損した家具や壁などの写真 ・病院に行った際の医師の診断書 ・DV内容を詳しく記した日記 ・DV最中の暴言などを録音した音声 など離婚に向けて動き始める前に、できるだけ沢山証拠を集めておきましょう。 私は、元夫から携帯電話を数台壊されていたため、あまり写真を残せませんでした。ですから早めにプリントアウトをしたり、SDカードに保存したりしておくことをオススメします。 また日記をつけていないと言う方は、後から思い出して書いたものでも有効だそうです。私は起きた出来事を、時系列にまとめたレポートを作成し調停に臨みました。 そして何より強い証拠になるのが医師の診断書です。小さな怪我でもなるべく病院に行き、診断書を作成しておきましょう。 離婚準備2、家を出る際の荷物セットを用意する 私が突発的に家を出て一番失敗したと思ったのは、荷物に関してです。 事前に準備をしていなかったため、最低限の着替えと財布、手帳程度しか持ち出せませんでした。 離婚が決まってから、荷物はめちゃくちゃに段ボールに入れたものが実家宛てに送られてきましたが、子供の母子手帳、へその緒や写真は入っておらず、おそらく二度と手元に戻ってくることはないでしょう。 そういった経験から事前に荷物を用意しておくことをオススメします。 それにDVの被害から身を守るため、計画より早い段階で、私のように突発的に家を出なくてはならない可能性も十分あり得るからです。 【家を出る際の荷物リスト例】 ・数日分の着替えと下着 ・現金とキャッシュカード ・子供と自分の名義の通帳・印鑑 ・健康保険証・母子手帳 ・免許証・パスポート ・子供の生活必需品(薬やオムツ、ミルクなど) ・子供と自分の大切なもの(子供のお気に入りのおもちゃや写真、自分の宝物など) これらを準備し、ひとまとめにしておきましょう。 ただし、絶対にDV夫にバレない所に隠しておくか、信用できる友人などに預けるようにしてくださいね。 離婚準備3、周りの人や機関にDV被害を話しておく 私は、自分がDVに遭っていることをほとんど人に話していなかったので、いざ家を出た際に職場や同僚、友人などへの説明を一からするのは大変でした。 それにそこで私も知らなかった離婚に向けての情報なども教えてもらったので、もっと早く人に相談していれば、ここまで我慢する必要がなかったと思っています。 また友人へ相談した際のメールやラインなどのやりとりも証拠の一つとして提出できるそうです。 それから、もし身近な人に相談することに抵抗がある場合は、居住している地域にある配偶者暴力相談支援センター、役所の市民(区民)相談窓口、警察の相談窓口などに相談に行きましょう。 今後に向けての的確なアドバイスがもらえる他、来所記録を残すことで、離婚したいという気持ちの強さが明確になり、調停や裁判の際に事が有利に動く可能性が高まります。 そして何より、背中を押してくれるので行動を起こしやすくなりますよ。 警察に相談する際の注意点
 ちなみに私は、夫からのDVで身の危険を感じた時、110番通報をして警察に自宅まで来てもらったことがあります。 その時事情を話した警察官から、 「旦那さんは否定しているけどどうする?傷害罪になるから被害届出してもいいけど、旦那さんと2度と元のように戻れなくなるし、お子さん可哀相じゃない?」 と言われました。 私はその投げやりな対応が怖くて、その後の行動をためらってしまいました。 きっとこのような夫婦間トラブルはたくさんあり、私がいくら訴えても夫が否定している限り大事にはしたくなかったのでしょう。 今思えば、以前から相談窓口などに相談し記録を残していたら、もっとあの時親身に対応してもらえたのではないか…と感じています。 私が受けた対応はきっとたまたま悪かっただけで、最初から丁寧に対応してくれる警察官もたくさんいると思いますが、やはり事前に記録を残しておくことは重要だと思っています。 離婚準備4、今後の住まいや仕事について考えておく 夫婦が別居をする際、別居先としてまず自分の実家が思い浮かぶかと思いますが、相手がDV夫の場合実家にずっといるのは非常に危険です。 何故なら、夫は当然自分の実家の場所を知っているので、離婚に納得できない場合連れ戻しに来たり、報復しようと押しかけたりする場合があるからです。 DV被害者が一時的に避難できるシェルターもありますが、いられる期間も決まっているので、やはり自分で離婚をするにあたり、今後どう生活の基盤を固めていくべきかシミュレーションする必要があります。 【別居・離婚後の動きで検討すべき例】 ・どこで暮らすか ・仕事はどうするのか ・生活費はどのくらいいりそうか ・行政の支援はどのようなものがあるのか ・年金や健康保険は? このようなことはざっくりでもいいので書き出しておきましょう。 ちなみに私は子供を連れて一時的には実家に帰りました。 しかし、やはり夫が押しかけてくる可能性があることが怖くて、実家に近い場所にワンルームの安いアパートの一室を借りて、そこで娘と暮らすことにしたのです。 そして当時資格も職歴もろくになかった私は、役所の子ども家庭課の相談窓口へ行き、色々な手続きをしながら家庭の状況を話しました。 そこで職員の方に職業訓練を紹介してもらい、半年間通いながら就職に向けていくつか資格を取得することができました。 このような制度があることも、離婚して初めて知ったことです。 また月に2人でどのくらいのお金が必要で、行政からの支援は何がどのくらいあるのかなど、一切分かっていなかったので、初動が遅れ生活の基盤がなかなか固まらず、両親などにとても迷惑をかけてしまいました。 また、娘の保育園もどのような園がどこにあるのか一切分からず、一から調べることになったので申請も手間取ってしまいました。 離婚をすることを決めたなら事細かくなくてもいいので、今後一人もしくは子供との生活を早く安定させるために、住む場所の候補と、ある程度その地域の情報は仕入れておくべきだと思います。 終わりに… いかがでしたでしょうか。 DV被害に遭われている方の中には、いわゆる経済的DVも受けていて働けなかったり、お金を全て管理され、逃げるための資金がなかったりして離婚自体を諦めてしまっている方もいるかと思います。 でも決して諦めず、各支援センターなどに相談してみてください。離婚に向けて役立つ的確なアドバイスが貰えるはずです。 また、残念ながらDVによる暴力は治りませんし、傷害罪という立派な犯罪です。 かつては愛していた人なので、情で暴力がいつかおさまるのでは…という期待を持ってしまうことも痛いくらい分かります。 しかし自分や子供がDV夫と長く暮らせば暮らすほど、より暴力がエスカレートする危険が高まるのが現実です。 何よりも自分や子供の身の安全を一番に考え、今から動き出す準備を始めましょう。

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私が別居中の恋愛で辛いと感じた7つの事

あなたはいまどんな方とお付き合いをしていますか? このお話は、私が元夫との別居中に体験した恋愛を通して「この恋、やめた方がいいよね?」と思いつつも貫き通したお話しです。 恋愛には楽しいこと、辛いことたくさんあると思います。 その中でも、「常識では許されない恋」をしている人はジレンマを感じながら恋愛に向き合っているのではないでしょうか? 別居中の恋愛が辛い…そんな風に思ってるあなたに読んで欲しいです。 

好きでもない人と結婚したのが間違い? 私が最初の結婚をしたのは25歳の時。 周りの友人がどんどん結婚していき、当時付き合っていた彼とも別れたばかりの私は正直焦っていました。 そんな時に出会った元夫。5歳上で、私が今まで付き合った人とは違う「私をとても大事にしてくれる人」でした。その時はそう見えたのでした。 でもお付き合いしてすぐプロポーズされ、結婚まで約一年。その間に「おかしいな?」と思う事は度々ありました。 それでも結婚したのは「婚約破棄した女」と思われたくなかったというちっぽけなプライドでした。そんな元夫はとの生活は続くはずもなく。。。 結婚して二年経った頃、義両親との同居がきっかけで、私は義両親と大喧嘩をして実家へ帰りました。 マザコンの元夫は、私より実の両親との生活を選んだのです。そこから私は、本来してはいけない恋愛をしてしまいました。 

彼との出会いは別居してから
 彼との出会いは、別居中に共通の友人から誘われた食事会でした。実家へ帰った私を心配した友人が食事をしようと言ってくれたのです。 男女合わせて6人ほどの食事会でした。 友人が連れてきた彼は私より7歳下で21歳。すごく大人しくてほとんど会話もしなかった彼を見て「無理やり連れて来られたんだろうな。可哀そう」としか思っていませんでした。 けれど、そこで終わる事はありませんでした。また共通の友人と彼と三人で飲みに行く話が出ました。 友人も一緒ならまぁいいか。と軽く考えていたので特別意識もしませんでしたが、飲み会の最中、以前とは全く違う饒舌な彼を見てびっくりしたのです。 そして携帯番号を聞かれてもなんの抵抗もなく教えている私がいました。その数日後から、彼から連絡が来るようになりました。 最初は全く気にも留めなかった彼なのですが、2人で話をしていると、すごく楽しくて。何時間もお互いの話をしていました。 いつしか、電話がくるのが楽しみで仕方ありませんでした。そんな時、彼に「二人でどこかに遊びにいかない?」と誘われました。 突然のお誘いに、ビックリしたと同時にすごく嬉しくドキドキした私が居たのです。 返事は「OK」でもその直後に「別居中だしこれ、まずいんじゃないの???」そんな不安も襲ってきました。
 
別居中のデートは制限だらけ 

彼と二人で会うのはいつも夜でした。そして、地元をさけて知人とあまり会わないであろう場所ばかりを選んでいました。 彼は運転することが好きで、ドライブがてら遠くに行くのはむしろ大歓迎という人だったので、そこは怪しまれることはありませんでした。 でも私の車を運転したいと言い出したり、昼間に会いたいと言われることが私にとっては一番つらかったです。 ウソを並べてなんとかなだめていましたがいつも取り繕う私の姿は不自然だったかもしれません。 とにかく、人目を避けるために必死でした。 なので、遠く離れた場所まで行ってホテルで過ごすのが私にとって一番落ち着く場所になりました。 別居中の恋は制限が多いだけに辛いことも多いです。これから辛いと感じたことを6つご紹介します。 

辛かったこと① 嘘をついてばかりの恋愛
 楽しいはずのデートはウソだらけ。 彼「〇〇へ行こうか?」 私「今日はそこじゃなくてあそこがいいな~」 彼「今度の日曜日は〇〇へ行こうよ」 私「その日は予定があって。ごめんね」 彼「ごはん食べに行こうよ。」 私「今日はコンビニのお弁当がいいな」 そんなやり取りばかり。本当は会いたいのに。 昼間も堂々と地元でデートしたりご飯を食べたりしたいのに。 いつまでもウソをついている自分が嫌になってきました。 彼は純粋に気持ちをぶつけて来てくれるのに私は騙している気分になることもありました。 実際既婚者なのに独身と思わせていましたので騙していましたね。 でもこの時の私は気持ちが止められなくなっていました。 
辛かったこと② 名前さえも偽る日々 彼に対してついていたウソのなかに名前を偽っていたこともありました。当時まだ元夫の姓を名乗っていた私。 彼と初めて会った時、私はとっさに旧姓を名乗っていました。 もうあの名字を使いたくもなかったし、離婚したあとのことを瞬時に考えて、旧姓を名乗ったのです。 でもそのツケが回ってくる事件がありました。 私の車の調子が悪くなり、急きょ彼の叔父さまの経営する修理工場へ行く事になりました。 そこで車検証を見せて欲しいと言われ、彼が私の車のダッシュボードから出そうとしたところでハッと気づいたんです。 そう、車検証は夫の姓のまま記載されているのです。 「まずい!!」私はなにかを確認するふりをしながら彼の手を制止して直接叔父さまに渡しました。 叔父さまに名前を言われたらどうしよう???と軽くパニックになっていましたが 叔父さんは私の名前を読み上げることなく、修理は済みました。

あとから彼に聞いた話ですが、実はこの時、彼が怪しんでいたようです。 
 
辛かったこと③ 浮気調査されているかもという不安
 彼とのお付き合いは順調でした。 でもその裏でいつも心配だったのは「夫が探偵を頼んでいるのではないか?」という疑念でした。 「いや、そこまでするはずがない」という根拠のない自信は最初だけ。付き合いが深くなるほど、その心配は常にありました。 どんなに遠くに行っても実は後ろからずっとつけられているんじゃないか?写真を撮られているのでは…そんな不安と恐怖はいつもつきまといました。 時々キョロキョロしたり、バックミラーから後続車の様子を伺ったり、待ち合わせの場所に行くときは、わざとグルグル回って遠回りしてみたり。。。。 彼の車の助手席に座る時は必ずシートを深く倒してなるべく顔が見えないようにしたり。 私の車を使う時は、彼がどうしても運転したがるのでとにかく私は助手席で顔を隠すのに必死でした。 とにかく知り合いに会いませんように!!と願っていました。 彼を思えば思うほど、こんなことしたくない。堂々と会いたい。夫と早く決着を着けたい。 そんな気持ちになりました。 夫とは10か月の別居中、何度も二人で話し合いました。でも平行線で決着がつかず二人ともイライラしていました。 だからこそ、彼に会いたい気持ちが強くなったのもあるんだと思います。 

辛かったこと④ 彼を巻き込んでいる罪悪感 別居中で、復縁する意思はない者同士とはいえ、私は戸籍上既婚者。こんな関係が許されるはずもありません。 それは十分わかっていながらも、彼を巻き込んでしまっている罪悪感にかられました。 もしこの関係がバレたら。。。。 彼も慰謝料を請求されてしまうかもしれない。 そんなことをさせたくない。 今別れれば、彼になんの影響も及ぼさないだろう。 だったら、いま別れよう。 こんなことを真剣に考えました。彼のことを傷つけたくないその一心で。 自分勝手な考え方だと思います。でも好きって気持ちはどうしても止められなかったんです。 出した結論は「彼は私を独身だと思って付き合っている。私が騙した」ことにしておこうと。 ほんと、虫が良すぎる話ですね。でもそう決めたんです。法律に詳しくないのでそれが理論として通るのかは定かではありませんがそう決めたんです。
 
辛かったこと⑤ 調停離婚に向けての話し合い
 別居が半年以上たった頃、実家に私宛の封書が届きました。裁判所からの通知でした。 夫が申立人となり、離婚に向けての調停が開始されることになったと書いてありました。 裁判所からの呼び出し。私は被告人のような気持ちになりました。 いつまでたっても平行線のお互いの罵り合いを続けるよりは第三者に入って頂いたほうが楽だと、相談した弁護士さんにも言われていたのでなにかほっとしたような気持にもなりました。 調停というものが、どういうものなのかもわからずもしかしたら裁判になるのかも?という不安もありながら私は恐怖で眠れませんでした。 きっと裁判になったら色々調べられるんだろう。。。 裁判になったら絶対バレる。 やっぱり会わないほうがいいかもしれない。 そう思って、私はまたウソをつき、会う回数を減らしました。 学生だった彼はバイトもしていましたし私も仕事が忙しかった時期だったので会う回数が減ったとしても不審には思われませんでした。 でもやっぱり会いたいものは会いたい。夜待ち合せして車の中でご飯を食べたりしていました。 
 

辛かったこと⑥ 先の見えない不安

調停が始まってからも夫との罵り合いが続きました。 でも良かったことはそれぞれ個室に通されたことと、調停委員さんがいてくれたおかげで冷静に話しを進めることが出来たことです。 夫に一度も会うことなく調停は進んでいきます。でもすぐに決着をすることは出来ませんでした。 話し合いが終わり、裁判所を出る時。「いつになったら終わるんだろう」と絶望感もありました。 いっそ、慰謝料を払ったら楽になれるんだろうか? それは周囲に反対されました。私だって払いたくない。でも終わらせるには慰謝料払えば楽になれるかもしれない。 先の見えない不安に押しつぶされそうでした。




 辛かったこと⑦ 離婚はエネルギーが必要 離婚するにはエネルギーがいる。よく聞く言葉です。実際、本当にエネルギーが要ります。 私だけでなく、両親にも相当のストレスをかけてしまい母は倒れてしまいました。 私は彼が居てくれたおかげでストレスがあっても頑張れたのですが両親の方が悩んでいたんだと思い、本当に申し訳なかったと思っています。 私の場合はお互いにもう愛情もなかったですし、夫から「憎い」と言われていましたので、離婚に向けてのベクトルは一緒だったせいか調停に入ってからは「どうしたらお互いが納得して離婚できるか?」というところが焦点になっていました。 だったらもう協議離婚でもなんでもいいから済ませちゃえばいいのに。。。。どれだけお金欲しいんだこの人は??? 内心そう思いながらも調停に行っていました。

ちなみに慰謝料を請求されたのは私の不貞行為が発覚したのではなく、精神的苦痛の面からでした。 

調停3回目に急展開が!!
 調停は相変わらずお互いを罵り合う場でした。 調停委員さんはなるべく裁判まで持ち込まないようにお互いの気持ちや現状を第三者の目で見てアドバイスしてくれました。 「どうしても離婚したいという思いが一緒なら条件面で折り合いをつけていきませんか?」 という方向で進めてくださっていました。私はいつしか調停委員さんの言うとおりにしていました。
 そして三回目の調停に臨んだ時のこと。いきなり夫から妥協案が提案されたのです。 私は嬉しくて嬉しくてその要求を呑みました。結局は財産分与の件で私が余剰分を払うという形で成立となったのです。 まだまだ続くだろうと思っていた調停が、ついに成立したのです! 成立した旨の書類が出来上がった時、私はなんとも言えない気持ちになりました。今でもその光景は覚えています。 数日後、夫と離婚届けを提出し、握手して別れました。その時の爽快感と達成感と言ったら!! その時の事も一生忘れる事はないでしょう。そして一番に会いたいと思ったのは彼でした。 
離婚成立。彼に全てを告白した 

離婚届が受理されたと言っても、これで堂々とお付き合い出来る!と言うのは時期尚早というのはわかっていました。 なので、しばらくはいつも通り夜だけ会っていました。いよいよ彼に全てを話そうと決心したのです。 私「話したいことがあるから今度いつ会える?」 そんなメールに彼は「別れ」を切り出されるのかもと思っていたと後日話してくれました。 一台しか停められない、秘密の夜景スポットに彼を連れて行きました。 そこで私は今まで突き通してきたうその数々を話し、既婚者だったこと、別居中だったのに隠してお付き合いしていたこと。 名前も旧姓を名乗っていたこと。 すべて話しました。 「騙してたのか、じゃあ別れよう」って言われても仕方のないことをしていたので内心どんな返事が来るかドキドキしていました。 でももう離婚も成立し、これからはうそのないお付き合いを真剣にしていきたいと伝えました。 彼は受け容れてくれました。 彼が唯一質問してきたのは「子供はいるの?」でした。「子どもがいるならちょっと考えちゃったかもしれないけど」と、正直に話してくれました。 「でも話してくれてありがとう」と最後は言ってくれました。そこから8年、私たちはお付き合いをしていました。 周りから「結婚するんでしょ?」と言われるくらい私たちは仲良しでしたし、私も彼と結婚すると思っていました。 
8年後・・・別れのとき

 別れは彼から切り出されました。 お付き合いしている8年間、何度も言われていた 「会いたい時に会いたいって言って欲しい」 私はそれを直すことができませんでした。 別居中の恋愛の仕方が板についてしまったのか、私は自分から会いたいと言えなくなってしまいました。 そして、彼が私を愛してくれているという奢りから私はいつも彼の連絡を待つ女になったのです。 そんな傲慢になった私に愛想を尽かしたのか、ある日から彼は一ヶ月ほど連絡をくれませんでした。 私はというと「忙しいんだろうな」と勝手に決めつけ、自分から連絡をしなかったのです。 今思えば、なんで連絡しなかったんだろう。週末が近くなると、会いたくてたまらなかったのに。平日の夜、少しでも会えればすごく嬉しかったのに。 自分のプライドが邪魔をしていただけなのに。。。。 結局彼は私に会うと決心が揺らぐからと、メールでお別れしました。何度も「会って話したい」とメールしても返事は変わりませんでした。 その夜、自分のふがいなさに泣く事しか出来ませんでした。 翌日も泣きはらした目で仕事に行き、仕事中も自然と涙が出てしまいとても辛かったです。 
あれから20年ほど経ちました。…
 別居中に辛いと感じたことを7つほどまとめてみました。 あんなに好きでずっと一緒に居たいと思っていた彼と別れ、現在はその後出会った夫と二人の息子、愛犬に囲まれて幸せに暮らしています。 夫とはなんでもオープンに話せる仲なので、元彼のことも知っています。 過去は過去とお互いわかっていますし、信頼もしています。

不貞行為という法律に反したことをしていたあの時期は、元夫にばれたら・・・という不安がいつも付きまとっていました。 でも、辛さや不安よりも、彼に会いたい気持ちは抑えられなかったのです。 
世の中には私のように、日の当たる場所で堂々と好きな人に会えない恋愛をしている人も多いと思います。 私も実際してきたことなので、他人の恋愛に対して肯定もしませんし、否定もしません。
この先離婚成立となり、再婚。というゴールには行きつかないかもしれません。 再婚ではなく、今の関係をずっと続けられたらそれでいい。それでもいいのであれば、どんな形でもいいと思います。 私のように彼とは別れたけれど、違う人と再婚。というケースもあり、さまざまです。 別居中の恋愛は楽しいこともあるけれど、制限があるために辛く感じることは沢山ありました。 でもそれでも続けていきたい相手なのか?日の当たる場所で堂々とお付き合い出来る日まで我慢したほうがいいのか? 私は続けることを選択しましたが、それを決めるのはあなたです。 いけないことをしているのはわかっているけれどやめられない。そんなあなたへ。 このお話が、あなたにとって一つでも参考になれば嬉しいです。