私が結婚したのは10年前。
結婚生活には8ヵ月で終止符を打ちました。この8ヵ月という結婚生活は、短いのか、長いのか。
思い出せば今でも吐き気のする8ヵ月は、あなたの目にはどう映るでしょうか。
若すぎて「自分の見る目が無かった」とは思いつつも、本当にあった、自虐を含めたお話を。
【この記事の目次】
出会いはバイト先の店長
夫と出会った時、私には付き合っていた彼氏がいました。
とても優しく、思いやりのある彼でしたが、同時に退屈も感じていました。そんな時、新しく始めたバイト先の店長が、自分の好みにドンピシャ!
彼と別れ、枷の外れた私は新しい恋に没頭していきました。
付き合う事と見えてきた事
「恋は盲目」とはよく言いますが、今考えると彼はギャンブル依存でした。
仕事中でも休憩中でも、暇さえあれば近所のパチンコ屋に行ってスロット。1~2時間帰ってこないという事はざらでした。
それでも、絶賛片思い中の私は
「付き合って私が変えてあげればいい!借金は無いって言ってるし、小遣いの範囲でやってるならそれで良い!」
なんて、何ともお花畑な思考。
熱心な私に、彼の心も動かされたのか、はたまた都合の良い女と思ったのか、付き合う事に。この時が、私の幸せの絶頂でした。
同棲そして子供を授かる
付き合ってもギャンブル漬けの彼。
仕事が忙しいのは、同じ職場の私も分かっていました。休みが無いのも知っていたし、デートは出来ないけれど職場で一緒なので幸せでした。
付き合って程無くして、一緒に住む様になった私達。そんな中、避妊をしていたにも関わらず妊娠。
体質なのか、彼は精子の量が尋常じゃない位多く、コンドームからもはみ出る時がありました。
最初はびっくりしたけれど、新しい命を授かった事に、私は本当に喜びを感じ、彼に話すとケーキを買って帰ってきてくれました。
彼も喜んでくれている!と感じた私は「ギャンブル癖も子供が出来れば変わるかも!」と期待をしましたが、その思いが崩れ去るのは、そう遠くない未来に起こります。
100万の借金があるという彼!でも本当は…
子供ができ、双方の親にも挨拶を済ませた後、入籍を1ヵ月後に控えた私の元に1通のハガキが…
それは、カードローンの返済が遅延しているというハガキでした。
彼に問い詰めた所、ギャンブルで作ってしまった借金だという事。
100万ほど借入していて、月に2万程返済しているという話でした。
私は「やりくりして全額返済してあげるから、通帳とカード、借入の証書をちょうだい」と言いましたが、渡されたのはカードのみ。
実は2000万の借金があった!!
翌月の給料日。通帳には25万が振り込まれました。
返済2万円を差し引くと残高が30万になっているはずでしたが、、、朝9時にATMへ行き、残高照会をしてみると、残高なんとたったの7万!!
なにが起きた、これじゃ家賃払って終わりじゃないか。
彼に事情を説明すると、実は借金が200万あるという。
返済金は3万と言う事だが、それでもまだ足りない。
これはまだ何かあると思い、何としても全容を把握しなければと思った私は「絶対返済してやるから、もう早く通帳よこせ!」と強く言うと、しぶしぶ通帳を出してきました。
記帳して出てきた事実は
・月の返済は総額18万
・カードをもう1つ作っていて、そこから自分の使う分を引きだしていた
と言う事。引きだしたお金は全て、スロットに当てていたそうです。
200万で返済18万はおかしいと思い、彼を突き詰めると、なんと10倍の2000万の借金が!!
もう自己破産のレベル。一晩悩んだ私は、ある行動を起こしました。
義母(彼の母)との話
翌日、私は一人で隣県の義母の元を訪れました。もう私の手に負える話では無い。彼は長男で、私は先方に嫁ぐわけだからこのままでは顔向けが出来ない
そう思った私は、事の全貌を義母へ相談する事にしました。
すると義母は泣きながら「苦労をかけて申し訳ない。私と義父で肩代わりをするから、毎月可能な額を返済してくれればいい。家賃も高いんだから、うちへおいで」と言ってもらえました。
私と義母義父の関係は良好だったので、実家に入る事に抵抗は有りませんでした。
「ではすぐに引越しの準備をします。ご迷惑をおかけしますがどうぞ宜しく」と、その場を後にしました。
帰り道夫に「今日は大事な話があるからすぐ帰ってきて」とメールをし、帰路につきました。
これが本性!元夫から殴られ蹴られの暴行をうける
その日の夜。彼が返ってきたのは深夜1時。その時間から、義母の元へ行ったことを話しました。
その瞬間、私の視界は揺らぎ、閃光が光りました。
後から裂ける様な額の痛みが訪れ、フローリングは瞬く間に血が広がっていきます。
殴られたのだ、と遅れて気が付きました。
「俺が今まで何で母に言わなかったか分かるか!心配させるからだ!」
と言い、彼は私の上半身を殴り、蹴り続けました。
時間にすれば10分程度でしたが、もうどうしたらいいか分からず、ごめんなさい、ごめんなさいと泣き続きました。
続く暴行…毎日30~1時間は殴られる日々
暴行はその日だけでは収まらず、彼が帰ってきた後30分~1時間程度毎日続きました。
私は、父のいない家庭で育ち、だからこそ、父母ともに五体満足に揃っていた方が良いのでは、と思い、それに耐え続けました。
私だけが我慢すればいいのだと。1ヵ月ほど経ったある日。
デートへ行こうは嘘だった…”売られる私”そして逃げる
彼からデートに誘うなんて、付き合ってから初めての事。と言うか、デートらしいデートをした事が無かったので、私は有頂天になっていました。
どこに行くの?と聞いても秘密。
表に出るとタクシーがとまっており
「あぁ、タクシー移動なんて、妊婦の私を気遣ってくれているんだ。なんだかんだ言っても私は愛されている。彼はきっと変わる」
と脳内お花畑で浮かれていました。
とある駅の閑散としたビル街。ビルとビルの間でタクシーはとまりました。
(こんなところで何するんだろう。)と思う私は、まだ幸せの絶頂にいました。
彼「あそこのビルの入り口の前、黒いスーツの人いるやろ?」
私「おるね」
彼「あっちへ向かって歩いて行って。俺金払ったら降りるから。」
荷物を持って降りようとすると…
彼「あー荷物は俺が持つよ。重いもの持ったらいけん」
この人はなんて優しいのかと思いました。えぇ、本気で思っていました。
タクシーを降りた瞬間、間髪入れずにドアがバタンとしまり、夫を乗せたタクシーは過ぎ去っていきました。
「え..なんで??」と思う私にスーツの人が、私の方へ話しかけてきました。
そう。私は売られたのです。借金の一部と引き換えに。
乗ってきたタクシーは、タクシーでは無く送迎用の車で、無知な私は本当にこんな世界があると思わず、割とのんきに構えていましたが、逃げない様、部屋で裸足にされた時に、血の気が引いたのを覚えています。
黒服から逃げる私!そしてまた同じ元夫との生活へ…
黒服のすきを見て、非常口から飛び降りました。メチャクチャに走ってタクシーに乗り、県をまたいだ信用できる友人の元へ逃げました。
メーターはどんどん上がり、15000円を過ぎたころ、運転手さんが「おじょうちゃん、泣くな」と言ってメーターを切ってくれました。
私は友人にタクシー代を借り、その足で実家へ帰る事に。親にも何も話さずいた3日後、「悪かった」と言って彼が迎えに来ました。
「もうあいつらとは話を付けた。もう行かなくて良い」と。
そして私は、また彼を信じたいと思い、同じ生活へ戻っていくのです。
離婚の決意!
帰宅後、自分の血で汚れたフローリングを掃除しながら、ふと思いました。 私は片親で育てられたが、愛情が足りないと感じた事は一つも無かった。
片親でも、自分次第で何とかなるんだ。 それに、こんな父親はいるのだろうか。と。もし子供に手を出す様になったら?
それだけはダメだ。私の子供。私の宝物。絶対に守らなければならない。彼の元を離れる決意を固めました。
自分の足を折ってまで挑んだ「離婚を前提とした結婚計画」
この時点で、まだ籍はいれていませんでした。
このままいれずに別れる事も出来ましたが、子供が大きくなった時、自分で色々な事を選択出来るように、籍をいれて認知はさせなければいけないと思いました。
幸いにも彼は、私との結婚を嫌がっていなかった為、この時点で「離婚を前提とした結婚」の計画をスタートさせました。まず、籍をすぐに入れ、その後は出来るだけ彼と一緒の時間を過ごさない様に気を付けました。
何かにつけて理由をつけ、自分の実家へ帰りました。それでも、あまりしょっちゅう帰っていられないので、妊娠5ヵ月の時、私は意図的に自分の足を折りました。
正確にはヒビを入れたのですが、妊娠中で骨がもろくなっているという事もあり、全く歩けなくなってしまいました。
私はこれを狙っていました。実家に戻る際、車いすを持って迎えに来た私の親戚一同は、見送りにすら来ない彼に対して不信感を募らせ、その時点で私は、全てを暴露しました。
私の親戚は、全力で離婚を支援してくれ、絶対に合わせない様力を貸してくれました。その後「療養と里帰り出産」を名目に、4ヵ月実家で過ごす事に成功。
そして、離婚。
子供が生まれてから、彼が病院へ来ました。私の親戚一同が取り囲む中、離婚を宣言。
翌日、彼の両親とお姉さんがきましたが、事情を全て説明し、医師からも「戻ってきた時はあざもひどく、母子共に健康で居られるのは奇跡です」と話をしてもらった所、納得し離婚に同意してくれました。
あれから10年が経過…
あれから10年になります。
再婚もせず、女で一つで子育てしておりますが、あの時のつらい経験があったからこそ、耐えられる事が山ほどあります。
今、幸せを感じていられるのは、当時の自分の気付きがあってこそだと思っています。
もし、同じ思いをしている方がいればこのお話が、あなた自身、一歩踏み出す勇気になりますように。