1年半生活費がもらえなかった!生活費を巡った私の離婚調停体験談

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40歳の時に離婚した女です。結婚8年目、交際期間含めると10年目で離婚。離婚時子供はいませんでした。離婚した理由は「嫌いになった」と言われたから。離婚してよかったことは今の主人と出会い子供を授かれたこと。離婚当初は精神的に参りって辛かったですが、離婚して後悔はありません。

「嫌いになった」愛していた夫からの突然の言葉。ここから約2年の別居生活がスタートし離婚。

今回の記事は私が体験した、「1年半生活費がもらえなかった生活費を巡った離婚調停体験談」になります。

離婚の経緯「嫌いになったから離婚して欲しいと言われた私」

それは突然の宣言だった

17年ほど前、私は以前の夫から「嫌いになった」と宣言されました。「嫌いになったから離婚を考えている」と突然言われて頭の中が真っ白になったのをよく覚えています。

とにかく、とにかくその時はショックでした。

この人は何を言っているのか?私は棄てられてしまうのか?こんなの嘘だ等々、頭の中で考えながら私はつい言ってしまったのです。

「あまりにショックで一緒にいられない。アパートから出て行って欲しい」と。

混乱して自分の口から出たのがそのフレーズだったのです。別居生活のスタートです。

別居後1年半で生活費を入れなくなった夫

別居後一年半を経過した頃から夫は生活費を入れてくれなくなりました。

私には慢性的な持病があり、パートでアパートの家賃をギリギリ払える程度のお給料しか当時は稼げませんでした。

それで、夫からの生活費が入って来なくなり、自分の診療費も出なくなって死活問題になったのです。

別居中なのを知っている親からお金を工面してもらったりしていましたが、限界があります。

弁護士に勧められた調停申立

そこで、別居生活3年目に入った頃、知り合いの紹介で思い切って弁護士さんに相談に行きました。

そこで勧められたのが、調停を申立てるということだったのです。

調停を申立てる場合、当時は相手が住んでいる地域の管轄家裁=家庭裁判所に出向き申立てることが法律で定められていました。(今は法律が改定されています)

夫は隣りの市に移り住んでいて、たまたま家裁の管轄が同じだったので遠くまで行かずに済んでそのことは助かったのを覚えています。

調停申立の準備と家庭裁判所への申立

別居中の生活費の請求は「婚姻費用の分担請求調停の申立て」と言い、申立てに際して事前に必要な書類があります。


【必要だった書類】
①婚姻費用の分担請求調停の申立書
②夫婦の戸籍謄本
③申立人(私)の収入関係の資料(源泉徴収票、確定申告書、給与明細等)
④(もし持っていれば)相手方の収入関係の書類


申立書はどこの家庭裁判所でも無料で配布してくれますし、今ではインターネットからダウンロードすることも出来ます。

かかった費用は手続き上必要な収入印紙代1800円と相手側に書類を送るのに必要な切手代800円の計2000円。

意外と安く済むんだなと思ったのを覚えています。

調停日の通知「呼び出し状」

第一回目の調停日の通知は申立て日から2週間くらい後に「呼び出し状」という名目で送られてきました。

当然、夫にも届けられています。

夫の住まいの住所はわからなかったので、会社の住所を通知先にしたように記憶しています。

調停日には呼び出し状に書いてある時間までに家裁まで出向きます。そして、待合室で呼び出しを待ちます。

待合室では他の調停を待っている人と鉢合わせたこともありましたが、夫とは会わないようになっていました。

調停のときは全てを正直に話すこと

第一回目のときに、男女1名ずつの担当の調停委員さんがこれからの調停の流れを説明してくれて、まずは申立人の私から申立てた経緯を説明しました。

質問に対しては事実を答えるように言われたので、全てを正直に話しました。

自分の気持ちも含めて、です。

30分くらいで退室を促されて待合室に戻り再び待機します。

待機している間に夫が調停室に呼び出されて、かわりばんこに調停委員さんから相手の主張を聞かされ、自分の主張を述べることが続きます。

夫側からも離婚調停を申し立てられた

第一回調停日の調停室に呼び戻された二度目の時、私はまた愕然とする事実を突きつけられました。

私が婚姻費用の分担請求調停を申立てたと知るや否や、「夫側も離婚調停を申立てて来ていた」と調停委員さんからそう言われたのです。

それを聞いた時、あまりにも展開が意外過ぎてまた頭がおかしくなりそうでした。

夫の本性がようやく分かった

その事実を聞いた時、私はようやく気づいたのです。夫はつくづく酷い男だったのだと。そして、私と本気で離婚したいと思っているのだなと。

実はその当時、私は今の主人と知り合っていて色々と相談していたので、調停終了後に泣きながらその事実を報告しました。

そして、離婚するにしろしないにしろ、このまま言うことを聞いて終わる訳にはいかないと決めたのです。

1年半貰えなかった生活費は請求できなかった

婚姻費用の分担請求でもらえるお金(別居中でも支払われるべきだった費用など)は、申立てて請求した日からなので、1年半もらえなかった生活費分は請求できないというのも調停中に知りました

何だか踏んだり蹴ったりだなと感じましたが、私の調停が通れば離婚する時までは生活費はもらえることになるし、離婚には応じないと言い続けようと改めて心に決めました。

3回目の調停でバカ男の要求を呑み10万円で離婚

調停の間隔は大体月に一度でした。

間にお盆が入ったので夏場だけ二ヶ月空きましたが、その間に今の主人と親しくなり生活もかなり助けてもらっていました。

三回目の調停の前に、今の主人からその当時の奥さんとの離婚が成立したと報告を受けました。私は別居していたとはいえ、W不倫をしていたのです。

その是非はさておき、これでこの調停を終わらせることができると安堵したのを覚えています。

別にすぐに誰かと結婚したいとは考えていませんでした。

それよりも何より、調停中というこの状況とバカ男から解放されたいという想いが強くなり、最終的にはバカ男の要求を呑み10万円で離婚することで合意したのです。

10万円は余りにも安すぎるとは思いましたが、バカ男の稼ぎがそれくらいしかないのは私が一番よく知っていたし、そこからまた粘ったところで10万が100万になるはずもないので合意したのです。

そして、私が申立てた調停は取り下げという形で終わりました。

合意が決まると調停成立ということになり、その日のうちに裁判官が夫婦二人を前にして調停調書というのを読み上げます。

そこで久しぶりに別居中の夫婦が顔を合わせるわけですが、その時のバカ男は自分の思い通りになってすっきりしたような顔をしているように見えて怒りがこみ上げてきたのを覚えています。

私はこんな男に惚れていたんだと自分に対しても腹が立ちました。

離婚調停成立後の流れ

離婚調停後は、10日間のうちに離婚届を出さなければいけないという決まりがあります。

夫婦二人と証人二名の署名捺印は必要ありませんが、調停調書謄本というのを提出しなければなりません。

当然、離婚の手続きはバカ男がしたのですが、その後に戸籍謄本を確認したら「調停離婚」と離婚の種類みたいな記載がされていて気分が落ち込んだのを覚えています。

話が前後しますが、調停が成立すると申立人とその相手に調停調書というのが送られてきます。調停の内容と経緯が記載されていて読み直して事実と違うことが書かれていたら訂正してもらうことも出来ます。

離婚してわかったこと「離婚は結婚よりもずっと大変」

よく世間で、離婚することは結婚することよりずっと大変だという話が出ますが、本当にその通りでした。

私はその後、調停中から助けてもらっていた今の主人と結婚をして子供も授かり17年前のあの日から想像もつかないくらい幸せな日々を送っています。

そして、夫婦という立場でも他人だという事を忘れずに、気を許しすぎてはいけないという事も離婚を通じて学びました。

前夫のバカ男には微塵の感謝もありません。生涯を通して、唯一私が不幸になれと願っている人間です。

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