九州の旦那親族の男尊女卑が酷くて離婚した私の体験談

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29歳の時に離婚した女です。結婚9ヶ月、交際期間含めると2年目で離婚。離婚時子供はいません。離婚した一番の理由は相手親族の男尊女卑思想についていけなかった為。離婚してよかったことは好きな服が着れて好きなことができること。離婚して大変だったのはパートナーを失った精神的な辛さです。最初は離婚したことをすごい後悔しました。心残りはあるが現在は楽しく生活してます。

離婚した大きな理由は、お互いの価値観の相違です。

私は北海道で生まれ育ち、夫は九州の大きな家柄の長男として、大切に育てられてきていました。

夫が仕事で北海道に転勤になり、私たちは出会いました。

夫の家は昔ながらの男尊女卑の考えが根付いており、女は男を立てることが当たり前。「女は三歩下がって男を支える」そういった考えが、根本にある人でした。

付き合ったばかりの頃は、尊敬する点も沢山あった為、男らしくブレなく素敵だなと思っていました。

しかしながら月日が経つにつれ、全て生活は夫の価値観の元進んでいくことになりました….

男尊女卑の夫との結婚生活

夫への異論は認められない

「夫への異論は認められない」そんな結婚生活でした。大き決断はもちろんですが、小さなこと、例えば家具の配置や晩御飯の献立なども全て夫の意見で決まります。

夫は私が好きな食べ物を勧めると否定し、食べてみようなどという考えは全くありませんでした。そればかりか否定され、夫が好きで私が食べたことのないようなものは、平然と勧めてきます。

そこで私が否定すると「いつも俺が勧めるものは、試そうとしないよね」などと言われます。私自身夫に言い返すことができなかったことも、悪い点だと反省しています。

お付き合いのきっかけが職場の上司だったということもあり、夫には反論をしてもいつも、理屈で返され立ち向かうことができなくなっていました。

納得がいかなくても謝る日々

喧嘩が長く続くこともイヤだったということと、男尊女卑の考えから女性が謝ることが当たり前という考えだった為、私が納得いかない状態でも謝るということが当たり前になっていました。

人前では「全然何もできない女なんだよ」と私を下げる

知人が私のことを褒めてくれた際「いや、全然何もできない女なんだよ」など平然とした顔で言います。

その後、なぜああ言ったことを言ったのか聞くと「本音と建て前だ。本当はすごくよくやってくれているが九州では、そう言うのは当たり前だ」そう言うのです。

よくやってくれていると思ってくれているのは、すごく嬉しいですが違和感しかありませんでした。

男性からすると謙遜の意味もあるのかと思いますが、家事を一切やらない夫に外でそういう言い方をされてしまうのは、すごく切ないものがありました。

私も考えが幼かった部分があるのかもしれませんが、夫の知人と合うたびそういった発言を聞くのは辛かったです。

親戚の差別的な価値観が辛かった

夫の実家九州へ行き、結婚する

付き合って1年経った頃、夫の九州の実家へ挨拶へ行きました。その時は義母や義理の弟家族とお話しし、すごく優しく接してくれました。

夫の家族も私のことを気に入ってくれて、その1年後結婚の話が出てきました。実際に生まれてからずっと住んでいた北海道を離れ九州で生活するということを考えると不安が大きかったです。

九州に知り合いはいない状態でしたし、夫からは「うちは厳しい家だから、男の人のお酒がなくなる前に注ぎに行けない女はダメな嫁として見られる。俺の教育が悪いと思われるからしっかりやれよ」など

夫としては、親族が集まった際に私が失敗しないよう配慮で言ってくれていたことでしたが、私にとっては失敗してはいけないというプレッシャーになってしまいました。

しかしながら、その頃は自分を犠牲にしても、夫へ尽くすことが当たり前の考えになってしまっていた為、結婚を決意しました。

その後、結納を済ませ夫の甥っ子の初節句のお祝いがありました。

義母・親戚からのきつい発言に涙

そこでは、夫の親戚一同が集まり大きな旅館を貸し切り、よくテレビドラマのワンシーンにあるような御前の前に座り、夫の親戚と義理弟の奥さん側の親戚に分かれて座っていました。

私にとってはそういったことも、初めてですごく緊張していました。

まだ籍はいれていませんでしたが、長男の嫁として失敗してはいけないというプレッシャーを抱えたまま一人ひとりに挨拶していきました。

挨拶の際も夫は親戚とお酒を飲んでおり、私は心細い中一人で挨拶をして回っていました。広間の真ん中にはお刺身が盛られており、女性がそれを全員に取り分けるというものでした。

もちろん夫は、私にやりなさいと指示をだし私は何気なしにお刺身を取り分けていました。

その際、初めて会った時は優しかった義母も親族の前で失敗できないという気持ちから私に強くあたってしまい「お刺身の盛り付けかたが違う。見た目が悪いから私がやるからあなたは下がってて」と言われてしまいました。

その場では笑顔でごまかしましたが、不安の中夫は親戚と晩酌し私のことは気にも止めません。

その後、夫の姪っ子と遊んでいいると親戚には「今のうちに味方を作っておかないと困るもんね」など

サラッと言われてしまいました。

親戚の方からすると軽い冗談だったのかもしれませんが、私にはダメージが大きかった為トイレに隠れ泣いてしまいました。

不安やプレッシャーの中言われた為、受け流すことができませんでした。

他には、親戚の家にお邪魔した際も座る場所が決まっており、夫側の親戚は立場が上なので椅子にすわり、お嫁さん側の親戚は床(座布団はあります)に座るなどが夫の家では暗黙の了解だったらしく、私の家族は私の為を思い何も言いませんでしたがそんな家族を見ていることも私にとっては、自分の家族をないがしろにされているようで一番辛かったのかもしれません。

孤独な九州と親戚からのプレッシャーでうつ状態に

結婚後、北海道から九州へ移り住み、知り合いのいない状態と親戚からのプレシャーで私はうつ状態になってしまいました。

「籍を入れてしまったことの後悔」「親戚と今後どう付き合っていけばよいか」

夫に相談をしても価値観が異なる為、私の気持ちを分かってもらえませんでした。朝は夫を送り出し、何も食べず同じ場所でただ体育座りをして、気が付くと夫が帰宅する時間。

そういった状態が続き、夫もさすがに心配になったのか今後についてしっかりと話し合いをしてくれました。

離婚。

何日も何日も話合い、お互い精神的に限界が来ていたと思います。離婚をするのであれば、結婚式や子供ができる前の方がいい。

2人とも苦渋の選択でしたが、離婚の決断をしました。本当にこれで良かったのか、もっと大変な思いをしている人は沢山いる。

夫も優しくていいところは沢山あるし、結局私は夫のことはすごく大切だったので夫とは一緒にいたかったです。しかし夫も自分の親戚との関わりを減らすことはできないし長男ということもあり、これからは自分が親戚たちを支えていくという考えでした。

離婚後〜現在

私は、離婚し北海道に戻りました。最初は本当に後悔しました。これから一緒に生きていくと思っていたパートナーを失い毎日ベッドから起き上がれず、1日中ベッドの中で泣き崩れていました。

今でも離婚の選択が正解だったのか、わかりません。ですが、仕事を始め日々の生活に追われる中で離婚当初程の後悔は少しずつ薄れています。

もちろん私の場合は離婚してよかった!皆さんにもおすすめします!とは言い切れません。

離婚理由や離婚後の生活などは人それぞれです。しかしながら、夫といる時は服装も夫の好みのものでないと外出ができなかったことや自分の考えを主張したり、好きな趣味に没頭したり、そういったことができませんでしたが今は大好きなオシャレができたり、大好きな趣味に没頭できています。

私は子供がいなかったことから、離婚後のリスクはすごく少なかったのでそういったことが言えるんだと思います。

今は新しい彼もでき、結婚や離婚のこと全て理解したうえで、お付き合いしてくれています。私も以前とは異なり、我慢せず言いたいことは言える環境です。離婚してよかったと100%言い切れませんが、離婚の道を選んだのであれば

そこからどう幸せに生きていくかが大切だと感じます。これからは、自分を犠牲にせず自分自身の考えをしっかりと持って生きていくことを大切にしたいと思います。

2 コメント

  1. 凄く理解できますよ。私も主人が熊本だから、典型的な男尊女卑です。男尊女卑で育っているから、私の本音を理解してもらえないし、反論すると、何様のつもりだ!家長に逆らうな!と言われます。義父母も絶対主人の味方だし、嫁は何かにつけて一番下です。男尊女卑を大義名分にして自分のプライドを維持しているだけにすぎません。子供がいなければ離婚していると思いますし、娘も、九州男児とは絶対に結婚しないと言っています。抑圧された環境はよくないです。いつか歪みがきます。自分らしくふるまえる今の彼と幸せになったくださいね。

  2. 俺は九州・熊本出身ですが、一時期は大阪在住もしており、その後、仕事関係で様々な国で海外生活を体験し、現在は家族の事情で熊本にリターンしています。九州では、確かに男性上位の思想が根強く残っていると思いますが、その男尊女卑を盾に、男性自身のプライドをかろうじて維持しているような哀れさを感じることも度々。世界に目を向けると、今や男女の差なんてないのも同然。男とか女とか言っていること自体、違和感があったりします。九州男児を含め日本人男性自身が、フェミニストになる必要はありませんが、もっと一人の人間として女性を尊敬し、お互いの立場に立った考え方や意見交換ができるようになると、もっともっと自由を感じられる誰にとっても過ごし安い社会が構築できると思います。それまでには、長い長い年月がかかるかもしれませんが、少しずつ社会を変えていくしかないでしょうね。

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