離婚経験者だから分かる…バツイチ女性の恋愛事情 

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自分のわがままで、31歳の時に離婚した女です。半年という短い交際期間ののち結婚して6年目、二人の子ども(5歳、4歳)がいた状態で離婚しました。理由は私のうつ病からの行動です。その後激しい後悔に苛まれ生活にも困窮し、命を絶つことまで考えましたが、優しい子どもたちに育ってくれたことに救われて今は自分なりの人生を歩むことを考えられるようになってきたところです。

私が離婚したのは、うつ病の苦しみから気持ちを落ち着かせるためという名目の行動が最終的に元夫を、そしてふたりの子どもたちを捨ててまで恋をしてしまったことが原因でした。

恋愛体質とでもいうのか、その後もいろんな人を好きになりました。

今回は自分が原因で離婚したバツイチである私の、離婚後の恋愛についてまとめてみたいと思います。

働いていれば出会いはあるけれど…

離婚後私は、かっこよく言えば生きるため、実際のところを言えば他にできることを見つけられなかったため、風俗の世界で働いていました。

そのためおのずと数々の男性と出会うわけで、不覚にも素敵な人だなと思ってしまうこともありましたが…それはあくまで仕事であって恋愛に発展したことはありません。

でもやはり独りでいることが寂しくなる時もありました。

苦しいこと、つらいことを優しく受け止めて聞いてくれる人がいたらと願っている自分がいて、そんな時は「こんな自分は幸せになってはいけない」と戒めていました。

バツイチの女性といえばお子さんを連れている方がほとんどなのに、私は子どもたちを捨ててきた非情で非常識な女なのだから、恋愛などして幸福を感じる権利はないと本気で思っていました。

数年して実家に戻り、私は配達の仕事を始めました。

重い物を運ぶことが多い仕事だったので、私以外はみな男性でした。

未婚で年も近い男性も数人おり、週5で出勤していたので親しくなる機会はたくさんありました。

そして、恋心を抱いてしまったこともあります。

自分には幸せになる資格はないと分かりつつも、それでも誰かを好きになってしまって気持ちが抑えられないことがありました。

「バツイチ」を全く気にしない男性もいる

率直に言いますと、私は離婚後4人の男性とお付き合いしました。

4人目の人は現在進行形です。

あれだけ自分を責めていたのに、一度好きになってしまうとその思いを捨てられず付き合うことになって、同棲していた人もいました。

その男性たちに共通していたのは、「私がバツイチであることが気にならない」ということ。

そして偶然にしては不思議なぐらい、みな結婚願望がなかったのです。

そのため相手がバツイチだろうが気にならなかったのかも知れません。

これまでの半生は付き合う前から話し済みだったので、私が子どもの行事に参加しに行ったり電話がかかってきたりしても気にしていない様子でした。

むしろ「お母さんなんだから、ちゃんと会いに行ってあげなよ」という人までいました。

自分勝手な性格と、まだうつ病から解放されてはいないこともあって長続きしないことが多かったのですが、バツイチであることや身勝手な理由で離婚したこと、私の中でいちばんの宝物は子どもたちであることをわかっていながら付き合おうと考えた男性たちに、正直「物好きな人だな」と思ったりもしました。

しかしそういった男性には、失礼な話ちょっと難ありだったり、性格的に問題のある人が多かったのです。

恋愛なのに「自分の子どものように」愛してしまう

現在付き合いを続けている人はこれまで出会った男性とはかなり違うタイプの人なので省きますが、これまで縁のあった男性たちと付き合っていく中でわかったことがありました。

全員ではないですが、それは経済観念に問題があり性格的に甘えたがりなところです。

私は人に甘えるのが苦手で、自分が何でもしてあげたい性格です。

もちろん付き合い始めた頃には恋人として付き合っていけるのですが、次第に母親のような気持ちになっていくのです。

特に金銭面で相手が苦労していたら、私が借金を重ねてでも援助してしまうことが多くありました。

初めのうち相手は「そんなことをお前にさせられない」と言うのですが、仕事を辞めて再就職もしようとしない人たちを「育てて」しまいました。

とある男性は体調不良で退職せざるを得なくなった後は全く働こうとせず、あるいは訳あって退職したのち就職活動をして採用されても、自分の気に入らないことがあると1日で辞めてしまうなど…。

でも働いてほしくて通勤手段がない相手には原付バイクを買い与えたり、食費やタバコ代を負担したり。

そこまで彼らを愛していたのか?と自分に問うと、いつの間にか恋愛感情は失せていて「私がいないとこの人は生きていけない」といった義務感のような、もしくは子育てをしているような感覚になっていたように思います。

だんだん私がお金を出すことが当たり前のようになってきても別れることをなかなか決断することができず、いよいよ気持ちに限界が来たときにプツッと割り切れた時にやっと連絡を取らなくなったり、同棲していた人の家から逃げるように出ていったりということがありました。

そんな別れをするたびに「もう誰かを好きになるべきではない」と誓いつつも、しばらくしたらまた気になる人ができて…の繰り返しでした。

子どもたちにしてあげられなかった無償の愛を、その男性たちに重ねてしまっていたのかもしれません。

両親からの厳しい目は覚悟しなければならない

母とはなんでも話せる関係なので、離婚に至った経緯やこれまでの男性との付き合いなどもすべて知っています。

こんな人と付き合うことになったということも、こんな理由で別れるようになった話もしています。

その度に、毎回「子どもたちのためにも元夫と復縁することはできないのか」そして「再婚だとか、子どもは作らないで」と言われていました。

しかし母が言うのももっともで、元夫は、本当に人間のできた人でした。

何に対しても真摯に取り組み、前向きで笑顔を絶やさない。

また父親としても申し分なくて、子どもたちはすっかりお父ちゃん子でしたから。

自分でも、今さらながらどうしてあの人を裏切ってしまったのだろうと悔やむこともあります。

その後に出会う男性たちがあまりにも残念な人たちばかりだったのでなおさら痛感させられました。

私が誰かと付き合うことになって、その男性がどんな人であるかなどを話すと母はいつも怪訝そうな顔で聞いていました。

また別れる際には私がかなり憔悴しきった様子だったので、次に誰かと親しくなると「その人、大丈夫なの?」と言われていたのです。

2人目に付き合った男性とは私が自殺未遂に至ったこともあって、弟にも「お姉ちゃんは男運が悪すぎる」と言われたことまでありました。

これらは確かに私の見る目がなかったため引き起こした出来事ばかりで、家族を捨てて男とちゃらちゃら遊んでは失敗している娘を母はさぞかし情けなく思っていたことでしょう。

「これからのあなたの人生は、離れてしまっても母親と慕ってくれる子どもたちのために生きていくべきで、一時の感情で男性と付き合うのはやめなさい」と諭されました。

私は昔から親の言うとおりに人生を決めることはなかったのですが、離婚後の男性関係については返す言葉がありませんでした。

元夫が最低な人間だった場合は、きっともっと素敵な出会いが待っているかもしれません。

私の場合一般的な離婚の形とは違うので無責任なことは言えませんが、子どもが存在する状態で離婚したなら、自分が幸せでなくてはいけないことも大事にしつつも、何物にも代えがたい子どもの存在を含めた人生を慎重に歩んでいくべきではないかと考えています。

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